大規模災害に鍛えられた自然の強さ

地震や洪水といった災害というものも、もともとは、
新たな自然生態系の誕生や、より肥沃な大地を作り出す為のきっかけともなる、
地域の革命的な自然現象であったりします。
人工的空間に例えれば、自然の力による再開発、のような感じにも思えます。

健全な自然であれば、地盤がしっかりしているため、よほどの規模の地震や洪水でもなければ、
多少の被害が出たとしてもも、生態系機能の営みによって、自然と再生・修復されていくものです。
あるいは、より肥沃で豊かな土地や森林が形成されていくものです。
かつて栄えた世界の有名な古代文明の基盤であった豊かな森林や肥沃な大地も、
洪水などの自然災害によってもたらされたものであったりします。
洪水もその地域の自然にとっては恵みをもたらす現象だった、ということです。
人間の生活空間にとっては大きな被害をもたらす災害になるので、
洪水が起こらないようにしっかり堤防や護岸工事による対策がされていますが・・・。

今残されている原生の自然は、かつて起こった様々な大きな自然現象を、
何十億年もの歴史の中で幾度も繰り返し受けてながら、基盤を維持し、
そこから発達して築き上げられた、健全な生態系機能をもつものと考えられます。
ある意味、地震災害という過酷な試練によって鍛え上げられた自然、ともいえます。

それに比べれば、200万年程度の人類の歴史で編み出された人間の技術力など、
原生自然の力にくらべれば、とてもちっぽけで、一時的で、不安定で、持続性の低い、
可愛らしいものにさえ思えてしまうのです。

今ある自然を守らなければ、自然の地盤が、人間活動によるストレスを長く受け続けることで、
小さな災害でも耐えられず脆く崩れやすくなっていってしまうと思います。
都市空間の地盤沈下とか、そういった事による可能性にも思えます。
(科学的根拠のない、個人的推測に過ぎませんが)
今回の東北の地震の場合は、人為のほとんどない原生的な山々ですら
(もしかしたら人工林の可能性もあるかもしれませんが)
大きく崩れている様子から、また問題は別になりますが、
地震の多い日本に残る原生林は、長年の歴史によって地震に強い地盤を形成しているはずですから、
環境への影響の有無にかかわらず、何としても開発の手から守り続けていかなければならないと思います。
例えこのぐらいなら影響の及ばない範囲だろうと思ってした人為的な行為でも、
後に大きく生態系機能を揺るがす結果に繋がるおそれがあるほど、
繊細な機能であることを知っておかなくてはなりません。

自然をおそれ敬う気持ち、自然の恵みに感謝する気持ちをいつでも忘れてはいけない、
自然のもつ美しさや感動を、先代から受け継いできた、自然との共存の形である地域の伝統を、
将来世代・・・今を生きる子ども達の為にも、何度でも呼び起こさなければならない、
それをしなければならないのは大人達なんだと、故・手塚治虫さんはエッセイにて著されていました。

自然を知ること、正しく知ること。
そのために自分自身が今出来ることを考えたり、したりすること。
個人個人で出来るレベルで始めること、それを長く、続けて持続性のあるものにすること、
次の世代に自然を正しく伝えること。
昔を生きた人間達が当たり前にできたことを、今の人間達もできなければいけませんよね。
これからを生きていくためにも、人類の未来の為にも。
14 : 10 : 00 | 日常生活・ひとりごと | コメント(4) | page top↑
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by: * 2008/06/16 00:59 * [ 編集] | page top↑

>Kさん
下学上達、私も好きな言葉です^^
最初は身近な所から、ですよね。子供の頃の身近な自然体験は、
大人になった自分の心身を支える、かけがえのない生命力に感じます。

今を生きる子ども達には、
子供の頃の私と同じような環境や経験をできないまま育っている子もいるでしょう。
それを思うと、その子ども達が将来、地球環境問題についてちゃんと正しい視点や考え方をもって
捉える事が出来るのかな・・と思うと、自分の経験を今の子ども達にもさせてあげたい、
でもさせてあげられるかつてあった自然がもう、そこにはない、学校での学習や視覚的な映像教材、
自分の体験談だけじゃ伝わらない、直接体験させなければ学べない事が沢山あるのに・・。

私は子供の頃は空から神様がいつも自分の行いを見ている、そう思ってきたけれど、
神様が本当に存在するなら、
悪人によって罪の無い人の生命が奪われる事なんて起きるはずがない、
とも思うようになってきました。神様は自分自身の心の中に存在する「精神」だと思ってます。
因果応報、行いにはそれなりの報いがくるだけ。
神様などいなくても正しい精神のもとで正しい分別を知るのだろう、と、
少なくとも自分にとっての神様はそれだと信じています。
人類を生み出してくれたものが神であるなら、
それは宇宙であり、太陽であり、地球であり、原始生命であり、自然であり。
生活を支える基盤こそが敬うべき存在、
あるいはそれらとの係わりからもたらされた、先代から受け継がれてきた自分の健康体、
とも思えます。
深く考えるとキリがありませんが、神様の存在があるとするなら、今の地球の状態を考えると、
感謝すべき、敬うべき神様を悩ませるような振る舞いを社会レベルで引き起こしているのではないか、
とも考えてしまいます。

知らぬが仏、といいますが、知る事は知らないでいることよりも大切です。
科学にもいえますが、物事の本質を知ろうとすることは特に大切ですよね。
知らないことによる振る舞いが思いも寄らない大きな問題を引き起こす事があります。
地球環境問題も、あるいはそうではないでしょうか・・・。
今の私の考えとしてはこんな感じです。後でまた色々変わるかもしれませんが(ぇ)
by: 夏葉 * 2008/06/16 19:07 * URL [ 編集] | page top↑
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by: * 2008/06/16 20:49 * [ 編集] | page top↑

脱線してしまうのは私もしょっちゅうなので御気になさらずw

自然の営みから生まれた生き物としては奇跡的のような、
目を見張るような美しさや特徴や習性を持つ生き物っていますよね。
絶滅危惧種の多くは乱獲、
人間の活動の影響による生息環境への悪影響が原因といわれています。
人間という一生物の繁栄の陰に、沢山の生き物達が犠牲になってきたことを思うと、
なんとも胸が痛いです。
ドードーやモア、リョコウバトの悲しい絶滅を知りながら、
同じ悲劇や不幸を他の種にも与えることに繋がるような生活なら、
それがいくら自分に都合の良いものであっても、控えた方が幸せなのかもしれません。

「自然は最大の教師である」、と言われる様に、
自然に勝るような教材や教師はおそらく人間の世界ではどんな技術や勉強をもってしても不可能でしょう。
教師というものは、自分のもつ知識を一方的に教えるのではなく、
何かを教えるには、相手からもまた何かを学ばなければならない、
おそらく教師と教え子との相互関係によって共に人間としてそれぞれ、
学んで成長していくもの、と考えます。
私に先生としての技量や器が無かったとしても、
自然と出会えないで育っている子ども達と、
最大の教師である自然とを出会わせて、最大の教師から大切なことを沢山
学ばせてあげることができるような、
そんな両者を引き合わせる架け橋的な存在には憧れています^^
by: 夏葉 * 2008/06/17 19:51 * URL [ 編集] | page top↑

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夏葉

Author:夏葉
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趣味:ゲーム、お絵描き、
音楽鑑賞
好きな漫画:手塚治虫作品
(火の鳥・バンパイヤ・BJ)
好きな本:手塚治虫著
「ガラスの地球を救え」
マイブーム:スマブラX

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・漢字検定2級
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