大人の前では「おりこうさん」
2008 / 06 / 22 ( Sun )
見た目だけで人を判断することは出来ない、
それは大人でも子供でも同じだと思います。
大人でも子供でも、「人」であることに変わりはありません。
優秀な学歴や職歴など、優れた過去の経歴と、
現在のすぐれた人間性とは必ずしも等号で繋ぐ事ができません。
エリート育ちであれ、一流大学の学生であれ、あるいは教授であれ、
大企業の社長であれ、国家を動かす役人や幹部であれ、医者であれ、セレブであれ、
犯罪を犯し、捕まる人がいるのですから。
あるいは逆に、学歴やメンツにこだわらずとも、人知れずして素晴らしい人格を備えて居る人もいるでしょう。
能ある鷹はツメを隠す、のような、いたって謙虚で、自分の能力におごり高ぶることなく、
大きな利益に繋がらなくとも、自分の能力を使うべき所にだけ、正しく使っている、そんな人もまた、
いるとするならば、私は、収入の多少も人間性とはイコールでは繋げない、と考えます。
たとえ周りにはおとなしくて マジメな 良い子の印象に見えても、
その内側で周りの目を気にして本当の情熱や思いが表に出せないことを、
誰にも見えないところで、密かに、自分で閉じ込めて、押し込めて、
苦しんでいるのかもしれません。
その純粋な情熱や思いは、苦しむことによって次第に負の力となって、
そんな自分の思いを閉じ込めさせている周りに対しての憎悪に変わって、
思わぬ凶行を引き起こしてしまうこともあるでしょう。
自分の中で躍動する思いを必死に自分で抑えつけながら、
大人に対して「おりこうさん」な自分を見せ続ける、あるいは大人ぶってみせる、
そんな子供がいるとするならば、とても可哀想に思います。
そんな子供が大人になった時、健全な人間として自立して生活できるのか。
やりたいことも思うだけにに留めて、胸のうちにずっと押し込めたままで
大人になってしまって、それでいいのか。
その答えは、現在、至る所で顕著に表れているのではないかと思います。
可哀想な子供は、可哀想な環境が作り出してしまうもの。
子供は家庭を基盤に、
周囲の環境での様々な体験や身近な地域の様々な人々の心に触れながら、
育っていくもの。
こども環境管理士として活動できる機会が来たとき、
以下の問いを、色んな人たちに、投げかけてみたい。
そのときまでに、これらの問いに、
じゃ、どうしたらいいのか、
の答えを導き出すヒントを見つけ出しておきたい。
そして、未来を担う子ども達の為に、自分に何ができるのかも・・。
子ども達の環境は、子ども達にとって適した環境だと言えますか?
言えないなら、何が適していない原因だと思いますか?
親は子どもに、正しい愛情を与えていますか?いつでも
子供に信頼されるようなお手本であることを意識していますか?
周囲の人たちは、子育てを、親や教育機関だけに任せて、
子供との係わりを疎んじて、面倒がって、避けていませんか?
子供と出会ったら、温かい声を日頃かけてあげていますか?