生態学的な考え方・見方=エコロジー
2008 / 03 / 28 ( Fri )
やっと生態学のテキストを一通り最後まで読み終えました。
1ページずつノートにとっていたのですが、このペースでは流石に試験日までに追いつかないと
思ったので、残りのページは読むだけにしました。後で特に重要な部分だけを
ノートにとってまとめるようにしたいです。・・・そこが難しいんですがw
でも、今までに無かった、生態学的な見方や考え方というものがテキストを読んでいくうちに
出来てきたような気がします。街を歩いていても、これまでと見方や感じ方が
大きく変わったように思います。
こういった考え方や見方を持つ事がエコロジーの本質であり、正しいエコ知識を今後
身につけていくために必要なことだと思っています。
以下はまた無駄に長いひとりごとになるので、もし見ていてくれてる人がいても、
軽く読み飛ばすか、スルー推奨で(笑)
私は音楽も好きで、色んな音楽に癒されたり、元気付けられたりしてきましたが、
そんな音楽もまた、豊かな環境とそこに暮らす人間の豊かな感性によって
生み出されたものだと思います。
童謡でも、季節の美しい情景や自然が浮かんできますし、
クラシックでも、歌詞という言葉がなくとも、その旋律でその音楽の生まれた土地の、
自然の豊かさ素敵さが伝わってくるようです。
音楽に限らず、絵画や彫刻といった芸術、郷土料理なども皆、豊かな自然の恩恵とそれによって
豊かな感性を培われて育った人の想像力によって生み出された、
自然環境と人間との共同作、に思います。
産業が発達して自然の物質が人工的な化学物質に変えられて、自然環境の失われた、
人工的な環境がそこにはできて、かつての作品には価値がつき、
かつての作品のような芸術性より、かつての芸術性を元に、
人工的な技術性を追求した作品ばかりが生まれていくのでしょう。それしか生みだせないでしょう。
勿論それにはそれなりの良さはありますが、かつての自然の中で生まれた作品ほどの癒しを
与える力は無いと思います。
沢山の癒し系グッズが売られていますが、
本当の癒しは本当の自然の中でしか得られないものと考えています。
でも都会では便利で都合のいい生活と引き換えに、本当の癒しの場がそこにはないように思います。
人工的な緑、人工的な自然の癒し、でもそれだけでも心には足りないでしょう。
心は本当の自然を常に求めているのでしょうから。 癒しが不足すれば、心はどんどん
弱っていってしまい、やがて身体の機能全体をも弱らせてしまうのでしょう。
欧米の森林の、大気汚染などによる複合ストレスによる弱体化と、何だか似ています。
人間も自然も、関わり合いながら運命を共にするものであるなら、それも分かる気がするのです。
自然が弱れば、その影響を後に人間も受け、自然のように弱ってしまうのでしょう。
今の自然環境の状態は、後の人間に反映されるのかもしれません。
今の人間の活動状態は、後の自然環境に影響を与えるでしょう。