人間中心主義
2008 / 04 / 14 ( Mon )
環境問題についての番組を昨日ちょっと見てましたが、番組の最後に
「人間に優しい環境を目指して」というメッセージが締めくくってました。
そしてBGMにそのメッセージがいかにも輝かしく理想的で素晴らしい言葉であるかのように、
優雅な旋律の音楽が飾り立ててましたが・・・
「エコ=人間に優しい環境を目指すもの?」
そこでふと小さな疑問が湧きました。
地球に優しい環境=人間に優しい環境?
何か目指すべきものが摩り替わってない?
人間に優しい環境が地球の環境汚染を改善する、地球にも優しい環境になる、
ということなのだと解釈してますが、
人によっては、「人間に優しい環境」という言葉だけでは、
人間に優しい環境であれば地球にも優しいんだ、という捉え方をしてしまうかもしれない、
と思ったのです。
また、人間に優しい環境=もっと楽で便利過ぎる暮らしだけをイメージする人もいるかもしれない。
だとしたら、ちょっと危険だな、言葉が足りないな、とも思うのです。
仮に人間に優しい環境というものがあったとして、それが自然やそこに暮らす動物や植物にも
影響のない環境であれば問題ないのですが、
引っかかるのは、人間には優しい環境であるが、地域の自然生態系には悪影響をもたらす可能性のある環境、
であった場合です。それでも「人間には優しい環境」なのだから問題なし、で済まされたら・・・。
それは正しいエコと呼べるのでしょうか? ややエゴっぽくないでしょうか? 人間に優しい環境とは、人間だけでなく、
自然生態系にも悪影響を与えない環境であることが前提であって然るべき、だと考えてたのですが・・?
「人間に優しい環境」 で検索をしていると、
「人間中心」 という言葉のあるページに引っかかりやすいので、
今度は「人間中心」「環境」で検索してみたところ、
EICネットの環境用語集の「人間中心主義」というページに引っかかりました。
「人間中心主義は、自然を人間のために存在するとみなしている。
これは、人間のための自然の最大的な効率的利用という経済拡大のための思想的背景となった。
人間中心主義の立場からの環境保護は、人間の利益を保護するためになされることとなる」
http://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&serial=2066より一部抜粋
もし自分が人間中心主義に基づいて自然環境のことを考えたらどんな考えが出てくるのだろうか。
一度心を中立的状態にして、人間中心主義による自然の見方で思うままに書き連ねてみます。
「虫は人間が利用するもの
植物も人間が利用するもの
水も大地も太陽も地球上の人間以外の生物も地球も
人間をとりまくあらゆる環境は
人間が繁栄するために存在し
癒し、食糧、資源などの財産として
人間に利用されるべきものである
人間に不都合な生物 人間に害を与える生物
人間の世界には必要ない生物は徹底的に駆除するか
あるいはその生物の利用価値を見だして人間世界の為に利用する
地球は人間の永遠の安全がもたらされる理想的な環境にしていくべきである
環境問題はこれまでの人間の活動から生じた問題であるが、
人間の技術力や科学力が未熟だったからであり
これまでの経済活動で得た利益と財産で生み出した
最新の技術をもってすればなんとかなる
それでもなんとかならない有害物質があれば、広い地球のどこか
多くの人間の目に付かないような部分にでも閉じ込めてしまえばいい
元々地球に存在する物質だったのだから
ほっとけば何とか成るだろうし、何か問題があったとしても
少なくとも自分たちが生きている間ぐらいはもつだろう
次の世代が生きている頃には今以上に新しい技術も開発されているだろうし
未来の事は未来の人間にまかせておけばよい
自然は人間の為にあり、人間が利用するために存在していればよい
人間の視点で見栄えの良い自然が理想的で
人工的に自然を開発する技術をもってすれば自然の脅威すらも克服し、
人間の理想的な永久に安全で平和な暮らしを手に入れる事が出来る
全ての自然を人間が解明し、自由にコントロールする技術を持てば、
自然の脅威に脅かされること無く安心して暮らせる
人間にとって自然の脅威はとても厄介なのだ」
・・これで分かった事は、私は少なくとも人間中心主義で生きていける人ではない、ということです。
読み返してみると、何だか自分が自然征服を企む悪人のように思えてしまいました(汗)
こんな考え方を持つ人間なら、ビオトープ管理士という資格を目指すこともないだろうし、
生物や自然の好きな子供でもなかったと思います。
こんにちは
はじめまして。
人間中心主義…
私もこの世にお肉屋さんや魚屋さんがいなかったら、(少し都合のいい言い方ですがーー;)穀物と少しのお野菜だけで生きているんだと思います。魚や鳥、豚、牛、みんな命あるもので、人間と同じ言語を持たないだけで草も木も花も水もみな一緒ですよね。それをむざむざと連鎖の頂点にいるような気分でその声を聞こうともしないのは悲しいことです。心に響く記事でした。もしよろしければ相互リンクをさせて頂けますか。今後ともよろしくお願いします♪
はぴりん☆さん初めまして^^コメントありがとうございます♪
読み返すと自分で書いた記事ながら、
ちょっとゾッとしてしまいますが、
こういった考え方が人間の経済社会を発展させるために必要な考えであるなら、
きっと今の文明社会は何かが間違ってるんだと思わざるを得ません。
現に、その経済発展のツケとして、
沢山の環境問題が表れてきていますからね、今までの考え方では今の経済を発展どころか、維持すらも難しくなると思います。
人間に限らず、生物はみな、自分の種族の生き残りをかけて自分中心主義で生きてるだろうし、
他の生物に気遣ったり遠慮したりでは生き残れませんから、そういう意味では
自分中心の生き方考え方は生き物として間違ってるわけではないとも思います。
人間中心主義の何もかもが良くない、愚かだとは思いませんが、人間中心主義の中でも、
自然の理に適わないほどに人間だけに都合のいい考え方は随分と行過ぎた思い上がりではないかな、とは思います。
その行過ぎた考え方の部分がおそらく、人間の愚かさを感じる部分なのかもしれませんね。
・・と、ちょっと書きすぎてしまいましたが、
はぴりん☆さんの心にも何か響くものがあるなら幸いです。
相互リンク大歓迎ですよ^^
このようなブログでよろしければ(笑)
こちらからも是非リンクさせて頂きますw
はぴりん☆さんのブログもこれから
ちょくちょく拝見させて頂きます、
ありがとうございました♪
今後ともよろしくお願いします♪
おはようございます
最近、自然保護や人の食べ方で、こころにひっかったことが続きます。夏葉さんの記事を読み、まさにこのことだ、と思いました。
ひとつは、よくご存じだと思うのですが、16年前の環境サミットのリオの伝説のスピーチ、12歳の少女のことばです。そしてもうひとつが、マドンナのかかりつけ栄養指導を7年つづけているというにしむら?さんの食の話、カーラジオで聴いて、ずっと気になっています。動物性タンパク質は人間にとって有害。米や野菜、豆などで健康になれる、むしろ浄化してより美しくなるというものでした。私も今、ほとんど肉類は食べないようになりましたが、以前よりスタミナが増しています(笑
自然を守ろうというなら、まず自然の中に入って遊ぼう、という12歳のスピーチをしたセヴァンのことばは、本質を突いていると思います
rainさんコメントありがとうございます^^
私自身もまた、rainさんのコメントから色々と考えさせられる部分がありました^^
こうして意見交換をしながら、自然環境に対する確かな意識の輪が
少しずつでも広がっていけたら素敵なことですよね^^
マドンナさんの専属栄養指導?さんのお話の場合、個人的には
全ての人間にとって動物性タンパクが有害である、
と言い切るのはちょっと難しいのでは、とも思います。
まぁ世界的有名人の専属ともあれば説得力はありますけれども・・・^^;
その人の暮らす環境、文化や習慣、受け継がれた遺伝子による体質によっては、
植物性の方が健康体でいられる体質の人もいれば、
動物性の方が自分の身体には合ってる人もいるかもしれない、とも思えます。
・・と、主旨が違ってしまってたらごめんなさい(汗
でも、沢山の食べ物が輸入され流通している中から、
自分の健康に良い食べ物を見つけ出すことや栄養の摂り方を心がけることはとても
いい事だと思います^^
身近な自然と遊ぶこと、それはかつて、
日常の生活の中で言うまでも無いほど当たり前だったことなはず。
当たり前にあった自然が、今となっては貴重でありがたい存在にすら感じる、
保護しなければならない、という現在の意識の高まりは、
それだけ今の私達の社会や生活が自然という恩師を犠牲にして
作り上げられたものであることを思い知らされる気がします。
「自然を守ろうとするなら、自然と遊ぼう」
その子供たちが遊ぶべき身近な自然の存在が既に子ども達の周りから
今もなお、どんどん姿を消し続けてしまっています。
自然と触れ合うには、少し遠くまで移動しないと行けない子も少なくないでしょうね。
それでも、自然と遊ばなければ、自然を大切に思う気持ちは生まれてこないのですけれどね。
例えば有名な三ツ星レストランで、
メニューの写真を見ているだけでも美味しそうには見えるけれど、
実際に食べてみなければ絶対にその本当の味を知る事は出来ません。
メニューを見ているだけではその味は分からないように、
自然も同じ、ただ美しい風景写真やTVの映像を見ているだけでも、
お偉い講師の話を聞いているだけでも、自然は大切だな、とは思わされるだけで、
実際に自分が自然の中に飛び込んで冒険してみないと、五感で自然を感じないと、
なぜ、自然が大切なのかを身をもって知ることは出来ないんですよね。
実感して初めて分かる自然の大切さであり、それは生命の大切さが分かる事であり、
思いやりや愛情の心が育つことでもあります。
今の子供たちに残してやるべきだった、今の子供たちに必要だったはずの身近な自然・・・
雑木林や草むらを、私達大人の便利な暮らしや発展の為に奪ってしまったのではないか?
そう思うと、私は子供達に必要な自然だけでも、守りたい、復元させたい、そのためにはどうすべきか、
という気持ちに駆られるのです。だからこそ、正しいビオトープを学びたい、という気持ちになるのですw