法律の力で自然を守れるか、幸福になれるか
2008 / 06 / 13 ( Fri )
環境関連法について紐解いて見てきましたが、
大分自然保護の重要性や生物多様性保護の観点を盛り込んだ改正が
近年になって、各法律においてなされてきているようです。
しかしながら、それでもまだ生態系全体を保護するためにはまだまだ不十分な印象を受けます。
景観的に美しい自然だけを守る法律、絶滅危惧種を重点的に保護する法律、
かつて自然が豊富だった頃は法においてはそれで十分だったかもしれませんが、
今となっては、景観や生物の人間にとっての利用価値の高さ低さに関係なく、
生態系そのものが重要な生存基盤としての質の高いものであることを法に盛り込んで、
人々にその重要性を示さなくてはならないのだと思います。
例えば、草むらや雑木林など、大して貴重な生き物もなく、
駐車場や宅地に開発されやすいような、一見遊んだ土地にしか見えなくても、
そういった場所でも重要な地域の自然環境としての価値を持っている、
現代の人間の価値観では認めにくいかもしれませんが、そういった小さな自然でも、
現在残されているものは出来るだけ保全していく必要がある、とも思います。
しかし、今の法律だけでは、おそらくそういった自然を守ることは困難のようです。
都市型の街で暮らす子ども達はそんな身近な自然を体験できないまま、
育っている子も少なく無いと思います。
勿論、小さな危険の潜む自然とわざわざ直接触れ合わなくても子供は育っていきます。
いえ、どんどん育っていってしまいます。
しかし、大人達が子供の冒険心や好奇心を抑えるように囲った中で育ってしまうと、
おそらく、自然を正しく知らない、心身ともに打たれ弱い人間になってしまうことが心配です。
あるいは、本物の自然の中でも、常に人為的なものが無いと落ち着かない、
本物の自然の中に、安易に人為的なものを作ったり持ち込んだりしてしまう、
自分の好きな生き物を勝手によそから持ち込んで放してしまう、
危険であるなしに関わらず、自分の気に入らない姿の虫がいれば、
悪い虫で危険と決め付けてすぐさま殺してしまう、
自然を知らない、自然の構成を知らない、というのはとても悲しい、不幸なことに思います。
自分の幸福な暮らしを求めるあまり、周りの環境を不幸にしてしまっては、
いつまでも本当の幸せを実感することはできないと思います。
本当の幸福とは、自分だけが得るものではなくて、
周りの環境も幸福な状態にすること、あるいは幸福な状態であることが大事な条件に思います。
周りにある幸福を奪って得るのではなくて、周りにある幸福の恵みを受けて得られるのが、
本当の潤いのある、清らかな幸福に思います。
周りを不幸にして、自分が幸福を得られるはずはないのです。得られたとしても、一時的なもので、
いつまでも持続性のない、満たされないものだと感じるはずです。
環境を守る仕事
2008 / 06 / 12 ( Thu )
この本で紹介されている仕事が全てではないと思いますが、
一応参考までに。
環境に関わる資格なども小さく紹介されていますが、
新しい資格検定が次々と出来ていく今の時代、
資格関連の情報についてはネットで調べた方が良さそうに思います。
どんな仕事があり、それに携わり活躍する人達がどんな経歴を持ち、現在に至るのか、
またその仕事のメリットデメリットなどは、参考になるかと思います。
従来の開発推進型の法体系
2008 / 06 / 08 ( Sun )
少し久しぶりになりますが、あれから
環境関連法について学習していました。
環境基本法、自然環境保全法、自然公園法、鳥獣保護法、
外来生物法、自然再生推進法、樹木保存法、生産緑地法、森林法、
種の保存法、農地法、河川法、海岸法、水質汚濁防止法・・・
環境に関する法律だけでも、上に挙げただけでやっと半分ぐらい、
まだまだ沢山の環境や土地利用に関する法律があるわけですが、
それだけの法律がありながら、開発による環境汚染が今も改善どころか、
悪化する一方に感じるのは何故でしょう。
土地利用や環境に関する法律は、当時の高度経済成長期を支え、開発を推進するために、
経済・開発推進型のものが多いように感じました。自然環境に関する事項については
とくに触れていない、ただ開発の際の制限や手続きなどについて書かれていて、
その後、国内規模から地球規模に至るまでの環境問題を背景に、
自然環境への配慮・保全に関する事項がようやく盛り込まれるようになってきた、
法律面から見るとそんな感じです。
しかしながら、自然環境をしっかりと法体系をもって保全するためには、まだまだ不十分な段階、
森林でいえば遷移途中のような、まだ最終段階の極相・安定型には至ってないな、という
印象を受けました。
つまり、まだ開発優先型な傾向が強く、自然環境への配慮も、
重要な開発に影響を与えない範囲で・・・というような弱さを感じるのです。
自然を保護しようとするとき、人間は、大抵、まずは有名な場所で景観の良い、
目に見えて美しい自然をまず守ろう、とします。
確かに、そういった自然のほうが法律でしっかりと守られやすいですが、
法律では保護の対象に値しないような自然であっても・・・
人の見た目には大したことのないように見える自然でも、そこに暮らす生き物達にとっては
重要な価値がある自然は、保護する価値も無い、と人間の勝手な判断による、
自然の質の優劣を決められて壊されてしまう、といった事が起こります。
まだ沢山自然が残されていた頃ならまだしも、
今となっては、今残されている自然は、見栄えに関係なく、どんな自然でも守らなければならないもの、
ではないかと思います。
住宅街の中の小さな草むらであっても、そこは、小さな生き物達が確かに暮らし、
子ども達が日常的に触れ合う体験だってできる、貴重な、
その地域だけの小さな自然であり、人の手で勝手に整備して欲しくないのです。
でも、法律で、その小さな空間を守ることは、とても難しいことなのです。
守られにくい自然でも、守りたい。例えそこが小さな草むらでも。そこにそこを必要とする生き物が暮らしている限り。
よく人の手で管理・整備された公園や、プランターの中で綺麗に咲く外国の園芸種を、
子ども達が「自然」だと間違えて覚えないようにするためにも、
本物の自然は、小さくても残さなくてはいけない時代、だと思います。
今残されている自然のどれだけが、今後も残され、守られるでしょうか。
今破壊されている環境のどれだけが、今後本来の自然に回復できるでしょうか。
私達のストレス社会は、環境にもストレスを与え、地球自体にもストレスという負荷を
溜めさせているのです。たまりに溜まったストレスを、地球自らが発散するとき、
私達も自分達のしてきた過ちにようやく気が付くでしょう。手遅れかもしれませんが。
手遅れになる前に、私達で地球に溜まったストレスを、取り除いてあげられれば、
まだ未来は繋がっていくかもしれません。
正しい自然を、知ること。 知らなかったじゃ済まされないことです。
私達人間もまた、自然の中から生まれた生き物ですから、
自然を正しく知っていなければなりません。
自然を正しく知らないことは、自分という個体も含めて、地球の中の何もかもを、
地球そのものを不幸にすることだと思います。
あと3ヶ月
2008 / 06 / 02 ( Mon )
ビオトープ管理士資格の受験申込受付が始まりました。
早速手引き書をダウンロードして、早めに手続きを済ませようと思います。
また、注文していた問題集も届き、試験までのこれから3ヶ月は気を引き締めて
学習に取り組んでいきます。
そんなわけで、今後試験に向けた学習により一層専念していきたいと思うので、
このブログの更新もこれから少なくなるかもしれませんが、
それでも一つの結果が出せるまではブログは続けるつもりなので、
ご理解ご了承頂ければ幸いです。
生物多様性基本法
2008 / 06 / 02 ( Mon )
が、衆参両院にて可決、成立したそうです。
以下、(財)日本生態系協会「生物多様性基本法成立に寄せて」より一部抜粋
「人類は生物多様性のもたらす様々な恵みを受けることにより生存していること、
生物多様性は人類の存続基盤である、という事が法律において示された(前文より)」
「ビオトープ・ネットワークの形成、すなわち生物の多様性の保全上重要な地域について、
個別バラバラに保全するのではなく、野生生物の移動に代表されるようそれらの有機的なつながりを
確保しつつ、一体的に保全していくこととされた(第24条より)」
以上抜粋部分
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こういった事も主要なメディアなどでしっかりと報道してもらいたいものですが
開発優先型、経済優先型の現代の日本では、
道路をどうするか、ガソリンをどうするか、原油高騰による影響についてとかだけが、
国の最高機関で優先的に話し合われているような印象を受けます。
まぁ、国民の生活に直接かかわることですから、当然といえばそうなのかもしれませんが、
生活や経済を考えると同時に、その経済や生活を支える土台についても
考えていかなければならないと思います。皮肉なことに、人間の経済や生活などの活動から
排出されたゴミが、経済や生活、生命をも支える基本的な土台に負荷をかけている実態が、
環境問題、という形で様々に現れています。それも地球規模で。
解決の困難な、環境問題を後回しにして、経済の発展に取り組んだところで、
思うような結果が出せるとは思えません。それどころか、後回しにしまくったツケがどんどんたまって、
取り返しの付かない悪循環に陥ってしまうかもしれません。
今の経済を維持していくためには、人類の生存基盤をなくしてありえない、
その人類の生存基盤とは、人類とその経済を支える生物多様性のもたらす恵みである、
ということを、国民一人一人がこの生物多様性基本法という法律によって知り、
生物の大切さを理解して、これからこの法律を活かしていかなくてはならないと思います。
法律はただ存在すればいい、というわけではなく、その国の法の下において暮らす人間が、
個人レベルで、企業レベルで、国家レベルで、法律の力を生かして行動したり取り組むことで、
その力を発揮するものと考えます。
法律の専門家や弁護士や裁判官だけが熟知してれば良いものではないですよね。
法律は社会において人間同士の摩擦が生じたときに判断の基準ともなるルールですが、
法律であれ、憲法であれ、それらもまた、人間が作ったものであり、万全ではありません。
法律に違反しなければ何をしても良いわけでもなければ、法律を守って生きていても、
間違いが起こることもあります。人間である以上、カンペキなものはないのです。
でも、法律の力を上手く生かせれば、より良い自分達の国づくりやまちづくりができるはずです。
それにはやはり、国民一人一人が正しい行動ができるためにも、法律を正しく知ることも大事ですよね。
・・頑張りましょう、自分も(ぇ)